光に向かって
2007.03.15 23:51
その節は大変お世話になりました。
あれからいろんなことが見えてきました。
わたしの価値観も変わって参りました。
岡部さんがおしゃってくださったように、
いろいろな出来事は、私にとって大切なプロセスであると思います。
また、カウンセラーをご紹介くださったこと、
こころより感謝申し上げます。最初はブログを見ただけで、
『はたして、いったい、これはどうして…』 の世界でしたが、
子供の頃、一人でいた時の世界に通じるものがあり、
今では、『もっと光のある方へ』意識して求める自分がいます。
実は、先日こんなことがありました。
長い間、「インナーチャイルド」を抱えていた私は、
愛というもの、愛されるという感覚、人を愛する、好意を表現する、
また、それを受け取ることが苦手で、その術をあまり知りませんでした。
両親からの”ハグ”も、両親を大好きと思った記憶もありませんでした。
主人との関係も、彼は情感豊かなタイプではないので、
夫婦ってなんだろうと、15,6年近くたって気付いたありさまです。
でも、れいざん先生やみなさまとのご縁もあって、
本当の自分というものの存在を少しずつ知るようになりました。
とはいえ、俗にまみれた生身として、一つの願いがありました。
それは、ひとりでもいいから、丸ごとの自分を無条件に愛してくれて、
愛されていることを実際に感知したい、というものです。
う〜ん さもしい…
感じ取る私側の問題もあるから、周りが全て悪いわけではない…とつぶやきつつ
神さま?天?に向かって、言ってしまいました。
(分かっているけれど、神さまの存在を確かなものにしたいから)
『いちどでいい体感させて 』と…
2日後ぐらいでしょうか、
さあ眠ろうと、電気を消して布団に入ったとたん、
金縛りのように、空気が濃密な感じになり、これはヤバイかも…と思っていると、
それは、かつてない感覚で恐ろしいほどの容量で、
「自分がものすごく大きく愛されている」という、
惜しみない与えるだけのありったけの愛で、
オーバル形に包まれているのを感じました。
たとえようがない、とはこういうことを言うのでしょう、
激しく、深く、広く、髪の毛1本残すことなく、愛されているという感覚でした。
同時にやってきたのが(むしろ先立って)、去年亡くなった父で、
(判断の理由なんてありません、父でした。)
実際、目には見えないのだけれど、ソフトボールくらいの丸い薄靄のように感じました。
父は限界のある親でしたので、残された問題だらけの母のことを
言いに来たのかと思いきや、全くソレには触れず、
親として私に伝えられなかったものを侘びとともに、
懸命に差し出しているのが分かりました。
私は、『私のことはもういいから、自分のことをしに帰りなさい』
(どうしてこんなことを言ったのだろう?)と送り返すとともに、
私の中の、少なくとも父に関する愛されなかったことの負の存在が
上に向かって放たれるのを見送りました。
この間、私は、たとえるなら だ、だ、泣き といえばいいでしょうか、
ナミダ・ナミダで、実際に”えっえっ”と嗚咽しているのがわかります。
愛の ただ愛の とてつもない大きさに全ての細胞が感動して震えている
のがわかりました。
愛されるって、こういうことだったのね…なんてすごいのだろう…
そして、その直後どうにも苦しくなって、トナリに寝ている主人をかろうじて呼んで、
気付いた彼に揺すり起こしてもらったのですが、
1時間ほどナミダが止まりませんでした。
またその2日後には・・・
寝ようと目を閉じたとたん、まぶたの裏に真っ黒い暗雲が少しずつ
ほどけていくように開けて、光が差し、そこから目も眩む白い光が
溢れでて来るのが映像のように見えて、
その強烈な光におもわず目を開けてしまいました。
眩しくて目を開けたなんて…
さらに2日後・・・
明け方、左の耳元すぐそばで、ピシリと電球がつぶれるような、それでいて
妙に生々しさがこもった、なんとも聞いたことのないような音が大きく鳴りました。
私は過去のトラウマから、寝ているときの突然起こる
大きな音に敏感に反応してしまうのです。
半泣きであわてて起きました。
…ナンダ、空耳か、…
あー主人の歯軋りかも…と また眠りについたのですが、
今度は右の耳元で ピシリ。歯軋り?…眠れず考えてみました。
でも、…どうして主人の寝ていない側の左からも聞こえたのだろう…
それに今まで主人の歯軋りなんて聞いたことないし…
…いったい何が?
それらは何かの合図、だと思っています。
私は光のある方へ近づきたいと模索しています。
どこへ行けばいいのでしょう、誰にたずねればいいのでしょう、
でも、
求めていれば必ず出会えるものと信じています。
どこを、どう探せばたどり着けるのかは分かりませんが、
ありきたりの感覚をフルに立たせて
求めて行こうと思っています。
私は知っています。
なぜ知っているのかわかりませんが、思い出せないだけだとわかっています。
そこに平安と喜びがあるのを はっきりわかっている自分がいます。
…どうして この上の3行 が出てきたのか不思議です。
岡部さん、ありがとうございました。
もっと もっと進んでいきますね。
ほんとうに ほんとうに ありがとうございました。
宙のように深い深い感謝をお伝えしたく、お時間いただきました。
感 謝
コメント一覧
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空さん、メッセージありがとうございます。
本当は、誰もがみんな愛されています。無条件で愛されています。
どんなに欠点がある人でも、自分を嫌っている人でも、
自分は誰からも愛されていないと思っている人でも、
無条件に、まるごと愛されています。それが人間です。
この地上に生れるとき、すべてを忘れることにしました。
産道を通るとき、その記憶をすべて消し去って、生れてきました。
なぜ? 人間が神なるもののままであったら、学ぶこともないでしょうし、
そもそも、生れてくる必要もないでしょう。
喜び、悲しみ、苦しみ、憎しみ・・・
この感情は人間だけが持てる特権です。
私たちが憧れる「天使や精霊」。その天使や精霊でさえもが、人間に憧れる。
人間として生れなければ、人間の織り成す感情は理解できないからである。
だから、他の生命や存在、みんなが憧れる。
人間はそれほどすばらしい存在なのです。
自分はそんな存在であった。そんなことを思いだそうとしているのです。
本当は、学んだり、気づいたりするのではなく、思い出すのです。
自分が知っていたことを「思い出す」のです。
そして今、私たちは思い出そうとしています。
自分は無条件に愛されていることを。
自分には無限の力があったということを。
自分は神なる存在であったことを。
そんなことを、少しだけ多く思い出した人たちがいます。
スピリチュアルカウンセラーと呼ばれる人たちです。
そんな目覚めの時代が近づいてくるでしょう。
もしかしたら、2012年、それがスタートラインかもしれませんね。
もうすぐです。
2007.03.24 13:47 URL | アルクトゥルス(管理人) #hzXeuUz2 [ 編集 ]
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