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不思議な体験談(ひろこ)

この記事は、数年前、他のコーナーで掲載されたものですが、
ゆえあって、このページに移動になりました。(再掲載)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こんにちは、埼玉の「ひろこ」と申します。

私が「千堂霊山」先生にお会いしてから、
気づき・起こり始めた不思議な体験談をぜひ聞いてください。

私が、先生のホームページにたどり着いたきっかけは、「うつ病」からでした。
ここ2・3年くらいの間ずっと鬱状態から抜け出せなくて、心身ともに本当に辛い時期を
過ごしていました。9月には、会社も退職し、2ヶ月くらい寝たきり状態が続いていました。

毎日考える事といえば、「なぜ、生きているのだろう」、「生きている意味はなんなのだろう」、
「これからいったい何をしていけばよいのだろう」などと、グルグル考え続けていました。
そんな、ぎりぎりの精神状態で、霊山先生に鑑定していただくご縁があり、
お会いする事ができたのです。

●一日目:最初の不思議な出来事。
先生の事務所に行こうとして、私は無意識になぜか隣のビルに入ってしまいました。
「あれ??書いている部屋番号がない・・?どうして?」、おっちょこちょいだなぁ、
私ってなんて思いながら、間違えた事に気がつき、霊山先生の所へ。

すると先生は、「霊が三体、付いているから、お祓いするから外へ出て」と言われ、
「えっ??何何」と思い、わけも分からないうちに外に出されました。
「一体は取れたけど、まだ憑いてるから。
迷ったのは、警戒して来れないようしていたのだよ」と。

私は、ショックなのと、同時にやっぱりなと思いました。
なぜなら、少し霊感らしきものを自分に感じていたからです。

ちょっとした事なのですが、例えば、ドライヤーや掃除機がいきなり動きだしたり、
電子体重計が壊れていないのに、動かなかったり。気がついていたのに、
自分でもただの気のせいにしていたのです。

私は、一人暮らしをしているのですが、私の部屋は、エレベータの目の前にあります。
先生から「八卦鏡」を貼って、悪い霊が入らないないようにしなければいけないと、
いきなり言われました。

あと、部屋にある「ぬいぐるみ」を供養し、「川崎大師」に参拝に行くように言われました。
私は、何がなんだかさっぱり分からなくて、恐怖と不安でいっぱいになったのです。。
「守護霊の方が二人付いていて、守ってくれているから安心して。
二人とも養子に入って、お寺に奉公していた人だから」と聞いて、私はすぐに"ピン"ときました。

私が中学一年生のときに亡くなった、同居していた祖父だという事にすぐ気がついたからです。
私は意外で驚きました。 生前の祖父は厳しい人で、私の事を守ってくれていたとは、
思いもしなかったからです。私は感謝で胸がいっぱいでした。

祖父と父は、親子なのに全くタイプが違って(祖父は、社交的でさっぱり系。
父は同じ事をクドクド言うネチネチ系です)。いつも喧嘩をしていました。
それを先生に話したところ、「あ?、見ていて歯がゆかったんだって」との事でした。

なるほどなぁ、と妙に納得しました。
その日の夜は、「ぬいぐるみ」の供養と参拝の事で頭がいっぱいでしたが、
すぐに眠りにつきました。

●二日目:深夜の恐怖
大量に集めていた「ぬいぐるみ」をどこで供養していただこうかと、
ホームページで調べ電話をしていたら、何か回りに気配を感じました。何か感じるのです。
私は怖くなって、部屋に出していた3個くらいをクローゼットにしまいました。
(本当に大量にあったのです)。
その夜、不思議な事がありました。身体が震えてくるのです。

私は、マヒのような感じが続き、しだいに11時くらいから「ラップ音」が響きだしました。
「恐い、たすけて?!!」と思い、恐怖のあまり、先生のホームページの顔写真を表示したまま、
マヒした状態で一晩過ごしました。

私は、不安の中一睡もできなかったのですが、3時くらいに何故か不思議と
祖父の気配も感じたのです。私の感情と同調しているような・・・お寺の行事は楽しかったとか、
父親に対する思いや、先祖への思い」。何かがひらめいてくるのです。

●三日目:やっと朝になりました。
私は、その日、川崎大師にいくように言われていましたので、
「ぬいぐるみ」は次の日に供養しようと思っていましたが、 昨晩の恐怖体験から、
すぐにでも持っていきたいと思い、外に出しました。大きい紙袋3つです。

わたしは抵抗しているのを感じました。
ホチキスが何度やっても止まらないのです。
ずっしりと、なにやら重いのです。生きているように。私は、ただただこわくて、
先生の顔写真を携帯で撮って護身用で持ち歩きました。

これまた不思議な事に、携帯を喉に近づけると、何かが出そうな感じでした。
私の中で、先生の事をこわがって拒否しているかのように。
(ちなみに、私の鬱病になった最初のきっかけは、喉にきていました)。
なんとか無事に供養した帰りのバスの中で、おばさま達の会話が聞こえてきました。

「○○さんのところのおじいさん、郵便局の前で立っていたら、
いきなり車が突っ込んできて亡くなったらしいわよ?」。
私は、それを聞いた瞬間、今私が生きていて鬱状態だっただけなのは、
祖父と守護霊の方が守ってくれていたからだ。そうでなかったら、
私も死んでいたんだ、と普通に頭をよぎった のです。

川崎大師に着いて、護摩の厄除けを受けたのだが、まだ震えがとまらなかったので、
先生の教えのとおり、一番前で必死になって成仏していただけるように唱えました。

すると不思議なことに喉から、何かが出そうな感じが続きました。
げっぷと吐き気と、不思議な感じです。
私の前世は尼さんで、武士の方の霊が憑いているとの事でした。
私は、その方にひどい事をしていて恨まれていたのです。

●4日目:懺悔、合掌
次の朝、川崎大師でいただいたお札の前で合掌しながら、私に憑いていた武士の方に、
「私の前世の悪行と、今まで気がついてあげられなくてごめんなさい」
という事を心の底から念じました。「成仏し、今まで辛かった分、これからの人生を一緒に
歩いてくださるように」と。

すると昨日と同じように手が震え、武士の方の思いが伝わってきたのです。
今まで憑いて迷惑をかけていた事をわびて、これからお守りしますとの事でした。
武士の霊の方も辛かったのです。なぜなら、恨みのマイナスの感情は思っている方が、
もっと苦しいのですから。同じく解放されたかったのです。

すると、なぜか数珠をもって、姉と一緒に四国の遍路へ参拝に行くような感じが
わいてきました。 (うちの実家の問題が解決するような気がしました)。
あと、何かずっと殺気だったのが、やわらかい空気にかわったのです。
許していただけたのかなぁと思いました。

お風呂にはいっている時に、ドアをたたくようなことがしょっちゅうありました。
私はそれを気のせいにして、気がつかないふりをして いたのです。
武士の霊の方や、その他の大勢??の霊の方も、辛くて気がついてほしかったのに。
日常生活でも同じことが言えると思います。無意識に人を傷つける事。
自分では、気がつかないで相手を傷つけている事など。

本当に、何故か今まで思いもしなかった感情が、あとからあとから湧いてくるのです。
厄除けに行ったときに、「悪いことが起こらないように」と、お願いする事が厄除けだと
思っていましたが、気がつかなかったのです。

本当の意味は、自分に足りないものが気がつかない人に気がついてもらうための、
天からのプレゼントではないかという事を。なぜ悪いことが起こるのかを知ってもらう為。
自分の人生をみつめなおす為。立ち止まり振り返る為。
私は、今までたくさんのものが欠けていたのかもしれません。
いろんなことが思い出されるのです。

霊山先生にお会いした時に、先生は仕事に命をかけているとおっしゃっていました。
私には見えていませんでしたが、憑いていた悪霊に脅されていたのでしょう。
(お祓いの際、咳き込んでいました)私が後から感じた殺気から
そうとku档「覆癨・のだと思います。(私、本当に怖かったです)

気づかせてくれた先生や、私についていた霊の方々、守ってくれているご先祖さま、
すべてに感謝してありがとうを心の底からいえるように。
人が幸せになるには、一人一人のそんな感謝の気持ちが
大きなエネルギーになるのかなと思います。

常にこれからも感謝の気持ちを忘れないで、がんばっていけたらと思います。
これまでの一連の出来事を考えると、たまたまや偶然は決してなくて、
全てが意味のあることだったということが分かってきました。
つながって流れているのだという事を。

そういえば、昨日、4時くらいに背中に電気が走りました。
その後、手から白い煙らしきものがでてました。
本当に不思議?、これからも何か起こるのかなぁ??
四国に行ったら何かあるかも?

長い文章を読んでくれてありがとう(^-^)v

<追記>
ちなみに、体調がよくなるきっかけは、南枕を北枕にしたことでした。
何年か前に、占いの先生に聞いて知っていたのに、やらなかったのです。
ベッドを動かすのがとても大変だったから。(南枕は、頭が熱くなるので常に
イライラしてしまうという事を迷信みたいにしか考えていなかったのです)。

でも不思議なことに、北枕にして寝るようになってから、
身体の気が流れるような感じがしました。

その後、朝日をみることは「鬱病によい」との事でしたので、
ある朝、ボーっと何も考えないで、朝日を見つめていました。
そしたら、突然、太陽があるから生きていられるんだと思いました。
そして、水があることに感謝の気持ち、モノに対する感謝の気持ち、
すべてのものに感謝の気持ちがわいてきたのです。不思議です。

私が、会社で勤めているときには、そんな事は思いもしませんでした。
あたりまえに思っていました。毎日時間に追われ、ストレスも溜まり、
ごろっと寝たりして、何かに気づいて感謝するということはありませんでした。

どこか不調な人は、何かそんな宇宙の法則を忘れて、自分勝手に
生きてしまっているのかもしれません。これまでの私みたいに。

先生が、死んでも悪行はもちこされて、次の人生にもちこされる。
徳を積んでいないと、それなりの人生しか送れないとおっしゃっていました。
徳を積んでいる人は自然と幸せになれる(きれいな家には、良い気が流れ幸せになれる)。

でも、魂の徳をつまないと、自分では気がつかないうちに、悪いほう悪い方へ向っていく。
原因はどこかに絶対にあります。そして自分が気がつこうとして、生き方をかえない限り、
ずっと変わらない。先の見えない不安を抱えて心配するのではなく、
まずは、自分の足元を踏み固める事。

一日一日を大切に生きる。すべてのものに感謝をし、欲張ることなく、
毎日を笑って穏やかに過ごすことが幸せになる始めの一歩なのかなと思いました。
それから明るい未来が開けてくるのかも。
そんなことに気づかせてくれたのが、今回の一連の出来事でした。

長い文章を読んでくれてありがとう(^-^)v
最後まで読んでくれてありがとうございます。

埼玉秩父
by ひろこ

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[ 2017/02/21 ] 日々のできごと | TB(-) | CM(0)

故郷の秋、母の見舞い

私の母は90歳を迎え、認知症も出できた。
寒い冬を越すのは大変なので、冬の間、介護施設で、一時滞在の
ショートステイを利用することになった。環境が変わると、悪化する人もいるので、
それが心配。暖かくなったら、帰ってきて欲しいのだ。

歳を取ると子供のようになっていくと言われますが、
母を見ていると、しぐさが幼い子供のように見えてくる。可愛く見えてくる。
こうやって、人は寿命を迎えていくのでしょう。

私もいつか、そうなるでしょうが。
山間部では紅葉が始まり、見ごろを迎えているようだ。
稲刈りも終わっていた。

何十年ぶりだろうか、秋田の秋は。
[ 2016/10/23 ] お便りコーナー | TB(-) | CM(0)

ご無沙汰しておりました

お久しぶりです。
ゆえあって、長い間、ご無沙汰しておりました。
あちこちのブログも、一時の熱が冷めたように、
沈んでいるところが多い。

いま、ワードプレスというソフトが出できて、
そっちへの移行も多いようです。スマホも盛んだし・・・

福岡に住む友達の弟、元気でいるだろうか、
内装やフォームの仕事が忙しいようだけど、
私がリウマチになったとき、東京まで来てくれたらしい。
私のことを心配して。あり難いことです。
会いたかったなあ、話したかったなあ・・・

風水のページには、メールのアドレスも載っているし、
電話番号も載っているし、連絡がほしかったなあ・・・・。
電話でもくれたらなあ。

管理人

[ 2016/09/16 ] お便りコーナー | TB(-) | CM(0)

知る人ぞ知る子宝・安産神社

子宝・安産で「知る人ぞ知る」、秋田県に「唐松神社」というのがあり、
無事、祈願成就、子宝となった知人がいます。

大きな杉の大木に囲まれたよい気の発する神社です。
ずっとその場にいたい気持ちになります。

東北地方を旅行する機会がありましたら、一度、立ち寄ってみてください。
とても気のよい神社で、静寂に満ちたところです。
(ご祈願は予約が必要になりますので、お確かめください)

いつだった行ったときは冬でした。帰り際、突然、屋根から雪がすべり落ちたように
「どーん」という地響きのような音が聞こえ、びっくりしたことがあった。
そしたら、近くにいた人が…あの音は誰かに「子供が授かった」という印の音だという
話でした。

参道の右に唐松山天日宮 (あまつひのみや)という建物がある。
同心円状に池と築山が配されており、その上に鎮座している。
不思議な気に満ちあふれている。

池と築山を同心円状に配した特異なデザインと、境内一面に敷き詰められた
数十万個ともいわれる自然石から生まれる造形美である。

唐松神社
唐松神社(ブログ紹介)
[ 2014/11/09 ] パワースポット巡り | TB(-) | CM(0)

自分から出たものが自分に戻ってくる

個人的な話ですが…
数ヶ月前、思いもしない形で、人から足を引っ張られる経験をした。
そのときは、なぜ私が、私がいったい何をした?と、怒りが湧いて腹が立った。

で、なんでこうなったのか、いろいろと考えてみた。
もしかして、(自分では悪意はなかったけど)誰かを深く傷付けてしまった。
あるいは、相手に大きな誤解を与えるようなことをしてしまった。
このようなことを推測してみた。

ちょっとした親切、行い・・・
誰かが友人に優しくすると、今度はその友人が誰かにやさしくしてあげる。
そして今度は、その誰かが”別の誰か”に手を差し伸べます。それが「ドミノ倒し」
のように続いていきます。そして、最後には振り出しに戻って、「最初の誰か」に
戻ってきます。

最初の誰か…
何かに困ったとき、見知らぬ誰かが手を差し伸べてくれるでしょう。

逆に
人を傷つけると、傷つけられた人が、誰かを傷つける。
そして今度は、傷つけられた誰かが、別の誰かを傷付ける。
これが「ドミノ倒し」のように続いていきます。
そして最後は、元の振り出しに戻って、加害者である「最初の人」に
戻ってきます。加害者のドミノ、負の連鎖が続いていく。

そしてある日・・・形を変えた出来事に遭遇する。
思いもしない形で、人から足を引っ張られる経験をしたり、
見知らぬ人から、突然”暴言”を浴びせられたり、
突然の出来事に遭遇したりする。そして、被害者になってしまう。

そして「なぜ、私がこんな事をされるのか」と憤慨する。
しかし、元をたどれば、最初の原因は自分であり、(自分では気づかないけど)
どこかで誰かに害を与えていたのだ。それがぐるーっと回って、
最後には、他の人を通して、自分に戻ってきたにすぎない。

一度や二度、誰にも似たような経験があるでしょう。
原因を作ったのは自分なのに、それを思い出せないだけなのです。
「自分から出たものが、自分に戻ってくる」という言葉がありますが、
含蓄のある言葉です。
[ 2014/09/22 ] 日々のできごと | TB(-) | CM(0)

















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